Tommy heavenly⁶ (トミー・ヘヴンリー)については “Biography of Tommy heavenly⁶” で扱っているので、詳しくはそちらをご覧ください。
Biography of Tommy february⁶
Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の世界
Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は日本屈指の人気ロックバンドであるthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)のボーカルを務めるTommyこと川瀬智子のソロプロジェクトの名称で、またそこにおける彼女の名称にもなっています。 “Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)” の “Tommy” はご存じのとおり、川瀬智子の愛称で、 “february⁶” は彼女の誕生日が2月6日であることに由来します。名称を “Tommy ~” というネーミングにしたかったことと、自分の誕生日なら飽きないだろうことから、この名称になりました。 “Tommy february⁶” は “トミー・フェブラリー” と発音され、最後の “6” は発音されないことが暗黙の了解となっています。そのためにこの “6” は肩文字となっています。誕生日を名称にするアーティストは皆無で、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は最も誕生日が知られているアーティストといっても過言ではありません。このネーミングはとても不思議で、韻が合っていることもあって、とてもなじみやすく、センスもあると思います。それに2月6日というのもラッキーで、他の月ではネーミングがいまいちになってしまいますし、日にちも小さい値なのでバランスが整っていると思います。ちなみに誕生日が2月6日とありますが、その日の未明に生まれたので、もし少し早く生まれていたら、Tommy february5になっていたかもしれませんね。
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セルロイド製の眼鏡は川瀬智子とTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を分かつための最重要アイテムなのだ。
Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)プロジェクトは1年間のブランクを挟んで第1章と第2章に分かれています。第1章のTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のテーマはスクール・スポーツ・シュールの3Sです。彼女はアメリカのハイスクールの女子学生のような印象で、ナーバスで夢見がちな乙女と設定されています。その一方で、隠れて酒やたばこなどもやっているというダークな側面もあります。キャラクターとしてのイメージは映画 “The Virgin Suicides” が、音楽的には初期のMadonnaやKylie Minogue、The Nolansなどがモチーフになっているとされています。第2章では、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の学生のような雰囲気は消え、もう少し大人びた雰囲気になります。
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Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を陰から応援するのはチアリーダーたちで、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が歌うときには必ず現れます。人数は画面に入り切るように2–5人に絞られています。当初はミュージックビデオ用に外国人のモデルを起用したチアリーダーがバックダンサーを務めていて、それとは別に、テレビやライブ用に日本人チアリーダーもいます。その後、彼女たちは徐々に活躍の場を広げ、‘Love is forever’のミュージックビデオでは初めて日本人チアリーダーが出演し、さらには2003年9月27日にはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)がプロデュースするTommy ☆ angelsというユニットを組んで、デビューすることになります。
Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のサウンドは、一貫して80’sの洋楽をコンセプトとしたユーロビートやエレポップとなっています。Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は2001年半ばから始まった80’sへの回帰現象の先駆け的な存在で、その現象をおおいに助長しました。彼女がいうには海外では洋楽で80’sブームがき始めていたので、いずれ日本でもブームが起こることは予想していたそうです。ただ、別の人がやりはじめたら、すぐチェンジできるようにしていたそうです。
Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の曲は80’sの雰囲気を忠実に再現するとともに、古臭さやダサさをぬぐい去ることに成功しています。これは今から聴くと、1つのまったく新しいジャンルの曲として聴くことができます。さすがにファッションまで80’sですと、単なるおもしろい人で終わってしまうので、ファッションは別のコンセプトにしました。
Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の曲はどれもキラキラと輝いていて、とてもキュートで、明るく弾むようなサウンドです。the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)の曲が暗い感じの曲が多く、歌のキーも低めなのとは対照的です。私が思うに、ボーカルに沿ったENSONIQ SQ-1の “なぞりベル” と呼ばれるベルがTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の澄んだ歌声をキラキラと輝かせているのではないかと思います。川瀬智子の映えた歌声と明るいポップなサウンドの融合は、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)ファンの私にとって、感動としか言いようがありません。
オリジナル曲の作曲者とカバー曲の編曲者はMALIBU CONVERTIBLEとなっています。MALIBU CONVERTIBLEについて詳しい内容は秘密にされています。MALIBU CONVERTIBLEは複数名が所属するプロデュースグループの名称なのですが、この名称はそこにおけるリーダー格の人物を指すこともあります。一歩間違えればダサくて下品になりかねない80’sテイストのサウンドは驚くほど新鮮で、オシャレに仕上げられています。このことから、彼らの実力は確かなもので、しかも彼らは彼女の本質を見抜いていると言えるでしょう。
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Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の音楽的なセンスもさることながら、ビジュアル面でも大きな注目を集めています。Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)はテーマどおり制服やユニフォームを見事に着こなしています。そして最大のキーポイントは眼鏡です。Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を始めるに当たって、ビジュアル的に今までの川瀬智子と変化をつけたかったそうです。ただ、ヘアスタイルころころ変えるのは好きではなく、いろいろと悩んだあげく、眼鏡をかけさせることにしました。この眼鏡こそがthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)の川瀬智子とTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)をビジュアル面で隔てています。例外もありますが、眼鏡をしていないのが川瀬智子で、眼鏡をしているのがTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)なのです。驚くべきことに川瀬智子とTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)とはまったくの別人のように見えます。話し方は2人とも同じなのですが、ファッションも歌い方も違うので、最初は2人が同一人物であることに気付きませんでした。彼女の視力は2.0で、the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)では、眼鏡をかけることはありません。まつげを上げるとレンズに当たるため、眼鏡にはレンズが入っていません。また、眼鏡の種類はたびたび替わり、ファッション誌などでは服装に合わせ、まれに赤やピンク色の眼鏡もかけています。“EVERYDAY AT THE BUS STOP”の頃にかけていたものはべっこう色で、大きさもやや大きめのものです。これはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が都内の眼鏡店3店舗を回り、約100点の中から選んだと言われています。“Bloomin’!”の頃にかけていたものはあめ色のものです。基本的に彼女はフレームが大きく、キャラメル色の髪に合ったデザインのものを選んでいるようです。彼女は結果的に眼鏡の持つマニアック、内向的といった印象をぬぐい去り、眼鏡ブームを引き起こすことにも成功しました。
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例えば、タレントの眞鍋かをりは自身のブログにTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)に扮した自身の写真をエントリーしたところ、2004年7月16日にトラックバック数の日本記録を樹立しました。
川瀬智子はかつてセレクトショップの店長を務めたこともあり、かなりのファッションセンスの持ち主だと思われます。実際に彼女は女性向けのファッション誌の表紙をいく度となく飾っています。また彼女が掲載される雑誌は “装苑” のような本格的なファッション誌にも及びます。
また、彼女の活動は留まるところを知らず、近年ではアイドルプロデュースも行い、本領を発揮しつつあります。
そして、素晴らしい音楽とビジュアルの融合は、彼女のポテンシャルを最大限に引き立て、結果的にこのプロジェクトは、時代を先駆ける存在として、ファンの期待を裏切ることなく、見事に成功を収めました。
すべては昨日から始まった
Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)プロジェクトの発端は2000年12月末に箱根で行われた、DefSTAR RECORDSのスタッフとの会議と忘年会を兼ねた箱根の温泉旅行にあります。このとき彼女がthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)で、Strawberry Switchbladeの‘SINCE YESTERDAY’(ふたりのイエスタデイ)のカバーを出したいと話していました。ただ、SINCE YESTERDAYの曲調はthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)の雰囲気に合わないので、ソロでやるのはどうかと提案されました。彼女は、最初はソロ活動に意欲を見せませんでしたが、やるとすれば眼鏡をかけていて、イメージカラーは赤で、後ろにはチアリーダーがいて、彼女たちは画面に入るように4~5人にするなど、かなり具体的に話が挙がりました。実は彼女は数日前にテレビで放映された全国チアリーダー選手権に感銘したことにより、チアリーダーへのこだわりがありました。驚いたことに、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)プロジェクトはthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)の“Los Angeles”以前にTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の礎ができていたことを示唆します。
夏場、奥田俊作と松井亮は曲制作とレコーディングに入るので、川瀬智子はその間に旅行に行く計画を立てていました。これは日本では完売になったMIUMIUの靴下を手に入れるために、外資系の銀行に勤める友人とイタリアに行くというものでした。しかし、この友人とのスケジュールが折り合わず、2001年の夏の間だけソロ活動をすることになりました。
2001年5月に、川瀬智子がレギュラー出演していたJ-WAVE “川瀬智子のACROSS THE VIEW” で、‘EVERYDAY AT THE BUS STOP’がタイトル・歌手名非公開で初めて放送されました。そして、6月14日からはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)プロジェクトが封を切ります。
2001年7月25日には1st single “EVERYDAY AT THE BUS STOP”がリリースされました。タイトル曲のEVERYDAY AT THE BUS STOPのほかにTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を始めるきっかけとなったSINCE YESTERDAYのカバーも収録されています。当初はSINCE YESTERDAYのカバーだけのリリース予定でしたが、80’sをより色濃くしたEVERYDAY AT THE BUS STOPをメインとしたそうです。ちなみに‘★CANDY POP IN LOVE★’もこの頃に作られた曲の1つで、1st singleのタイトル曲の候補になっていました。よく初回限定盤などにDVDを付加する手法は今ではすっかり定着していますが、DVDコンパイル盤はTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が初めてメジャーで行ったものです。このDVDにはミュージックビデオが収録されています。眼鏡をしていないのが川瀬智子で、眼鏡をしているのがTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)であるということをイメージ付けさせるためにはどうしても映像が必要だったためだそうです。
2001年8月12日にはライブ “J-WAVE LIVE 2000+1” に出演しました。
2001年8月13日にはthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)のライブツアー “the brilliant green There will be live there Vol.3 TERRA2001 TOUR” 以降のサポートキーボーディストのHAKASEのソロアルバム“Plays Boyz-Toyz REGGAY!”がリリースされました。HAKASEは元fishmansのメンバーで、現在はLittle TempoのKEDACO POSSEとして活動していています。Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は “Game of Love (feat. Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー))” でゲストボーカルとして、出演しています。この曲はTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の曲の中でもあまり知られていないレアな曲といえるでしょう。
2001年9月9日にはライブ “MIRACLE MUSIC FESTIVAL” に出演しました。
想像を超えた成功
当初は1st single “EVERYDAY AT THE BUS STOP”のリリースのみの単発企画の予定でしたが、予想を超える好評によって、急遽プロジェクトを延長することになりました。デビュー当初はTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)がどのように評価されるのか不安だったそうです。“EVERYDAY AT THE BUS STOP”後にダイハツや資生堂のコマーシャルソングへの起用などが決まったようです。ちなみに、当初の予定では、その冬にthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)の“Rainy days never stays”に相当する曲がリリースされるはずだったのですが、このプロジェクトの延長によって、この曲は翌年7月31日にリリースされました。ただ、彼女は最初ソロプロジェクトには乗り気ではありませんでしたが、やるからにはアルバムまでやりたいと思っていました。もし、単発企画で終わっていたら、 “あれはなんだったんだろう……” と思われていたかもしれないと語っていました。
2001年10月11日から、 “ピロッポ ~なんてことない一日~” が放送されました。同番組では声優にもチャレンジしています。
2001年11月21日には2nd single “♥KISS♥ ONE MORE TIME”がリリースされました。タイアップを果たした‘トミーフェブラッテ、マカロン。’と★CANDY POP IN LOVE★もカップリング曲として収録されています。
2001年11月24日には学園祭ライブ “甲南大学プロコンサート” に出演しました。ここではKylie Minogueの ‘I should be so lucky’ も披露しました。
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2002年1月15日には “新宿ステーションスクエア・ゲリラライブ” が開催され、ニュー・シングルとアルバムのプロモーション活動とともに、新成人の応援もしました。
2002年1月17日には3rd single “Bloomin’!”がリリースされました。タイトル曲のBloomin’!は資生堂の “PN” (ピエヌ)とコラボレートしました。資生堂のコマーシャルソングとして起用されました。コマーシャルは資生堂版とDefSTAR RECORDS版とがあります。構成もそっくりになっていて、世間にもインパクトを与えました。
そして、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の誕生日であり、その名称の由来でもある2002年2月6日には誰もが予想したとおり、1st album “Tommy february⁶”がリリースされました。これはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)プロジェクトの締めとなる記念すべきアルバムです。初回限定盤は非常に豪華なつくりとなっています。外装はまばゆいばかりの金色で内装はバレンタインチョコレートをモチーフとしたつくりとなっています。この初回限定盤には‘♥KISS♥ ONE MORE TIME’やBloomin’!のミュージックビデオが収録されたDVDも付いてきます。この初回限定盤はTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)自身も強く推奨していただけあって、恐ろしいばかりの人気でした。この初回限定盤は発売日当日に全国で売り切れ、涙をのむファンが続出しました。オリコンアルバムヒットチャートでも初登場1位で、同チャート2週間連続1位を記録しました。これはthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)のヒット曲“There will be love there –愛のある場所–”をも上回る勢いでした。
突然の封印
当初、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は1st single “EVERYDAY AT THE BUS STOP”のみのリリースで終わるはずでした。プロジェクトの延長と1st album “Tommy february⁶”のリリースはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を単なる企画モノのプロジェクトだけで終わらせず、1人のアーティストとしてのTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を確立させました。Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)はこのアルバムのリリースを最後に封印されることになります。
2月6日からは一連のプロジェクトの総括として、 “トミーフェブ・ラリー” なる展示会が銀座のSONYビルで開催されました。ここではTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が実際に使用した衣装が展示されました。
2002年2月23日には福岡でライブ “CLUB BA-COOイベントライブ” に出演しました。
そしてついにTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は3月31日付けで惜しまれつつも封印されることになりました。彼女の本分はthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)ですし、来るべくして来たといったところでしょう。4月1日からはthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)に復帰し、トレードマークの眼鏡もはずしました。眼鏡がぽつんと置かれ、 “今まで応援ありがとう” と言ったコマーシャルも流れていました。
Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は永遠に不滅です!!
川瀬智子のthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)での活動は “Biography of the brilliant green” の ‘バンドの再始動’ に載せています。
Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は活動こそ封印されましたが、実は存在としてのTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)はあり続けていました。
扶桑社の “junie” 2002年11月号ではthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)の川瀬智子とともに表紙を飾りました。
![[Figure]](/img/fig-event-tommy-february6-hawaii.avif)
2002年10月2日にはPhoto book “Tommy february⁶ + HAWAII”が出版されました。“Tommy february⁶ + HAWAII”はTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のバイブルですので、このサイトをご覧の方はこの本を必ず所有していなければなりません。出版に先立ち、銀座の福家書店では発売記念サイン・握手会が開催されました。この日には1日限定で、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が復活しました。
これはハワイで撮影された写真集と紀行文を合わせた作りになっています。内容はすこぶる良く、とにかくどの写真もかわいいです。初夏にハワイに行ったようです。ハワイはすごく暑かったそうですが、その暑さにもめげず、活発でかわいらしく撮れています。ちなみにthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)の13th single “Rainy days never stays”のジャケットはこのときに撮影されたものです。
巻末では“I’M SO SORRY BABY”のジャケットと同じ服装をしたthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)のメンバーの写真があります。またジャケットの内側と同じイラストもあります。この本の出版日の1週間後に14th single “I’M SO SORRY BABY”がリリースされているので、同時進行して作られたと考えられます。
おかえりなさい
長かった封印から1年がたち、2002年12月21日付けでTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)プロジェクトが再始動しました。私は12月23日に新曲がタイアップされているダイハツの “mira AVY” のコマーシャルを見て、驚いてTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の公式サイトにアクセスしました。私にとっては願ってもいないクリスマスプレゼントとなりました。こうしてTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)プロジェクトの第2章が幕開けしました。今回のテーマは “サヨナラなんてもう言わない!” です。これはいささか意味深ですが、本当にサヨナラなんてもう言わないのでしょうか?第1章スクールガールだった彼女は第2章ではもう成人しています。ただ、大人になるのを拒み、自由が奪われるを恐れています。
the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)は“I’M SO SORRY BABY”後、は12月中に“THE WINTER ALBUM”を出すために、かなりのハードスケジュールになっていましたが、今思えば1月からTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を復活させるためにそうなったと考えられます。
Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の誕生日であり、その名称の由来でもある2003年2月6日には4th single “je t’aime ★ je t’aime”がリリースされました。オリコンシングルヒットチャートでは5位にランクインした人気作です。今回はサンリオのキキララともコラボレートしており、かわいらしい外装になっています。川瀬智子もキキララの世代で、彼女は自身のルーツであるとも語っています。また、2月19日には同シングルのLP(アナログ盤)がリリースされました。
![[Figure]](/img/fig-live-special-night-tf6.avif)
2003年5月26日にはSPACE SHOWER TVと3Mが企画したライブ “SPACE SHOWER TV × Tommy february⁶ SPECIAL NIGHT” が開催されました。第2章中としては初めてのライブで、2003年2月にヒットした‘je t’aime ★ je t’aime’や2003年7月16日にリリースされるLove is foreverも披露されました。そして注目すべきは新プロジェクトの立ち上げで、Tommy heavenly⁶という新たなるキャラクターが爆誕しました。
2003年7月16日にはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の“Love is forever”とともに、Tommy heavenly⁶ (トミー・ヘヴンリー)の“Wait till I can dream”の2タイトルが同時リリースされました。なお、初回限定盤を2タイトルとも購入すると特典に応募できます。タイトル曲のLove is foreverはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のデビュー当時の雰囲気を取り戻した感じになりました。また、同月30日には同シングルのLP(アナログ盤)がリリースされました。
プロデューサーとしての活動
2003年9月27日からはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)プロデュースプロジェクトが始動しました。そもそも、彼女がアイドルプロデュースを行いたいと言い出したのは2nd single “♥KISS♥ ONE MORE TIME”の頃で、当時、外国人チアリーダーたちをアイドルプロデュースしたいと語っていました。また、4th single “je t’aime ★ je t’aime”の頃にも頻繁にアイドルプロデュースに対する熱意を語っていました。(♥KISS♥ ONE MORE TIMEは元々別のプロジェクトのために用意した曲と発言していたこともあるので、もしかしたら、楽曲提供やプロデュースの話があったのかもしれませんね。)
まず手始めに、2003年9月27日にTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の日本人チアリーダーの綾小路4姉妹がユニットTommy ☆ angelsを結成しました。12月17日に彼女たちは“You’ll be my boy”でデビューを飾っています。
そして、言わずと知れた人気4人組ユニットSPEEDには楽曲提供を行いました。‘Stars to shine again’は11月27日にリリースされた“Bridge”と、同日リリースされた“Walking in the Rain”に収録されています。
2003年10月11日からにはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が楽曲提供を行った樋井明日香の‘♥Wanna be your girl friend♥’が起用されました。11月19日には同曲が収録された“♥Wanna be your girlfriend♥”をリリースしました。
2003年11月22日にはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は自身の所属しているバンドthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)のリーダーでベースの奥田俊作と結婚しました。彼女たちの間柄については以前からうわさされていましたが、ついに長年の付き合いが実り、人生のパートナーとしてともに歩むことになりました。
2004年2月11日にはダブルタイアップの‘MaGic in youR Eyes’と‘I still love you boy’が収録された6th single “MaGic in youR Eyes”がリリースされました。タイトル曲MaGic in youR Eyesはドラマ “奥さまは魔女” の主題歌として起用されました。また、カップリングのI still love you boyは着信メロディーサイト “取り放題100円” のコマーシャルソングとして起用され、話題を呼びました。さらに2月25日には同シングルのLP(アナログ盤)がリリースされました。
2004年3月17日には2nd album “Tommy airline”がリリースされました。今回もまた前回同様に、初回限定盤は通常盤との圧倒的な差別化が図られています。初回限定盤はDVD付きで、ポストカードなどの細かい豪華特典の多数ついたパッケージとなっています。また、3月31日には2枚組のアルバムのLP(アナログ盤)がリリースされました。さすがに1st albumのような盛況とまでは行きませんでしたが、このアルバムも非常に好評でした。
2004年5月7日にはSony Musicが企画したライブ “Sony Music Fes. 2004” が開催されました。第2章中としては2回目のライブで、歴代ヒット曲がメドレー形式で披露されました。Sony Music所属のアーティストが数多く出演しましたが、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が出演する公演ではTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が一番の盛り上がりでした。同ライブにはTommy heavenly⁶ (トミー・ヘヴンリー)も出演しており、Tommy heavenly⁶ (トミー・ヘヴンリー)らとともに会場をにぎわせました。
![[Figure]](/img/fig-event-world-hobby-fair.avif)
2004年6月20日にはイベント “次世代ワールドホビーフェア” 内の次世代ワールドホビーフェアに出演しました。
2004年7月14日には7th single “L・O・V・E・L・Y ~夢見るLOVELY BOY~”がリリースされました。同曲は映画 “ポケットモンスター・アドバンスジェネレーション・裂空の訪問者・デオキシス” の主題歌に起用され、カップリング曲‘I ONLY WANT TO BE WITH YOU’は情報番組 “はなまるマーケット” オープニングソングとして起用されました。
2004年8月30日・31両日にはライブ “a-nation ’04 (Day 1)” ・ “a-nation ’04 (Day 2)” に出演しました。彼女はSony Music契約のアーティストですが、avexのライブに特別に招待され、ゲスト出演しました。
2005年7月26日–8月28日にはTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)プロデュースのBlytheの展示会 “MY DESTINY GIRLS” が開催されました。