My history of as a fan

きっかけ

私はTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のファンとしては比較的新しく、3rd single “Bloomin’!”の世代にあたります。‘Bloomin’!’を初めて聞いたのは2002年1月で、伊藤美咲が出演している資生堂の “PN” (ピエヌ)のコマーシャルでした。このコマーシャルを見たときに自分が体験したことのないサウンドで、しかも明るく春らしい、キラキラした曲というのが私の第一印象でした。今でも、そのとき “はっ” とした衝撃を受けたときのことを鮮明に記憶しています。歌っているのはトミー・フェブラリーで、私はそもそも音楽を聞く習慣もなかったので、もちろんこれがどういう人なのかも知る由もありませんでした。Bloomin’!は気に入ったものの、もともとCDを買う習慣はなかったので、(愚かにも)この曲もすぐには購入には至りませんでした。

ここから先は少し記憶があやふやなので話が前後するのですが、同じころ、もう一つ気になるコマーシャルソングがあって、それがダイハツの “MAX” のコマーシャルでした。こちらのコマーシャルは前奏が長くて、歌が入っている部分が短かったのですが、声質が好みだったので、好感を持っていました。もちろん、最初はこのコマーシャルソングもTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が歌っているとは知らず、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が歌っていることに後から気が付いて、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は何者なのだろうと思った記憶があります。

その後、“Bloomin’!”がリリースされたころに、めったに聞かないラジオをつけたら、たまたまBloomin’!が流れていました。確かもう1曲‘SINCE YESTERDAY’もオンエアされ、あとは女性のDJとTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)像についてのトークを交わしていました。確かこのときにアルバムをリリースすると宣伝していて、初回限定盤の説明もしていたような気がします。

このころに携帯電話の着信メロディーをBloomin’!にしました。それから、レンタルCDショップで、島谷ひとみの “シャンティ” とTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の“Bloomin’!”を借りました。Bloomin’!はイメージどおりの曲で、このときに、これはもうアルバムを買うしかないと決心しました。Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のビジュアルを初めて見たのも、“Bloomin’!”のジャケット写真が最初だと思います。パステルカラーを基調にしたファンシーなジャケットデザインに負けず劣らず、すごくかわいい♥と思った記憶があります。

アルバムの発売日である2002年2月6日に、実は私はきわめて難解な学校の課題の提出日だったので、翌日にCDショップに行きました。初回限定盤があればいいなと思っていたのですが、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を甘く見ていた私は当然、初日で初回限定盤が売り切れることを予想しておらず、仕方なく通常盤を購入しました。そのとき、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)ってそんなに有名な人だったのかと思いました。でも、そのときは初回限定盤を逃したことの重大さには気が付かず、その後、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の世界に浸っていくごとに後悔させられる羽目になります。

アルバムを聴いてみた印象はいろいろな曲が詰まっていると思いました。流行のポップスとは違ったジャンルの、キラキラした明るい曲は私にとって、とても新鮮に思えました。ダイハツの “MAX” のコマーシャルソングは ‘Can’t take~なんたらかんたら’ という曲で、少しタイトルが長いうえ、コマーシャルではデロップがすぐに消えるので、タイトルを把握しきれていなかったのですが、 ‘Can’t take’ で始まる曲は10曲目の‘Can’t take my eyes off of you’だけしかなかったので、これかなと思いましたが、やはりそれでした。6曲目の‘♥KISS♥ ONE MORE TIME’も少し切ない感じで、キーボード中心のサウンドがすごく気に入りました。12曲目の‘★​CANDY POP IN LOVE​★’は一番キラキラしていて華やかで、私にとってのTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)というアーティスト像を決定的なものにしました。以前聴いたラジオで流れていたSINCE YESTERDAYのタイトルを私は失念していたので、あの曲はどの曲なのだろうとアルバムを聴いていたのですが、このときは結局、わからずじまいでした。それからアルバムを聴いて驚いたのですが、私とTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の初めての出会いは実はBloomin’!ではありませんでした。初めてTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の曲に触れたのは‘EVERYDAY AT THE BUS STOP’で、夏に短期間、携帯電話の着信メロディーをこの曲にしていたのです。また、‘トミーフェブラッテ、マカロン。’は矢田亜希子が出演していたフジテレビ系列の “恋ノチカラ” の後に放送されていたアニメーションの “ピロッポ” のエンディングテーマ曲であることにも気が付きました。私は自分が気付かない間に、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の曲が浸透していることにひどく驚いた記憶があります。

きわめて難解な学校の課題の提出日であった2002年2月6日を過ぎれば、後は春休みでしたので、私はコンピューターのパーツを買いに秋葉原へ行きました。パーツ屋のコンピューターの展示で、Bloomin’!のミュージックビデオを流していたので、そこで初めてそれを見ることができました。ジャケットの写真で着ていたのと同じ、白地にピンクのテニスウェアで、歌い踊るシーンは私をますますTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の世界へ引き込ませました。

それから、当時私は自動車の教習所に通っていたのですが、路上教習中にたまたま前を通ったスーパーから‘恋は眠らない’が聞こえてきて、すごくうれしかった記憶があります。それから、同じころアルバイト先のレジ前で、3歳くらいの男の子が‘HEY BAD BOY’を歌っていて、両親は良い曲を聞かせているなと感心しました。一方、ダイハツの “MAX” のコマーシャルソングはなぜかNOB SUMMERことTUBEの前田輝信のカバーに、いつの間にか変わっていて残念でなりませんでした。

終わりなき悲しみ

Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が私たちに与えたものは大きいと思います。80年代をモチーフにした楽曲とキラキラと輝いたアレンジは少なくとも私には大きな影響を与えました。とくに私がTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を応援するきっかけとなったBloomin’!や★​CANDY POP IN LOVE​★はこれまでにない衝撃を受けました。Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)プロジェクトにおける、川瀬智子の映えた歌声と明るいポップなサウンドの融合はTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)ファンの私にとって、感動としか言いようがありません。

私がTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のファンになって、間もないにもかかわらず、2002年3月いっぱいで、惜しまれつつもこのプロジェクトは閉ざされることになります。04月からは彼女はthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)に戻ったわけですが、私は悲しくて悲しくてこの現実をなかなか受け入れられませんでした。2002年4月24日にリリースされた12th single “Forever to me ~終わりなき悲しみ~”も、現実逃避から、とても買う気になれませんでした。彼女はプロジェクトを閉ざすときにまたいつかやるかもと言っていたので、早くても来年2月6日だろうなと思いつつも、期待を膨らませつつ、彼女の言葉を信じていました。アルバムも毎日飽くことなく、私が家にいるときはほぼノンストップでかかっていました。自動車の免許の取得後は車の中でも聴いています。

夏になってもTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)熱は冷めることなく、ますます加熱する一方でした。今更という気もしなくもないのですが、この夏に自分のウェブサイト内に密かに “Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)最高~!!” なるページを開設してみました。これはこのTommy library⁶の前身で、現在の姿に至ります。まぁ誰も見てないと思っていたのですが、思いのほか訪問者はいたようです。

それから、しばらくそうした日々が続きます。シングルもいつの間にか全部そろえていたのですが、1st single “EVERYDAY AT THE BUS STOP”に収録されているSINCE YESTERDAYを聴いて、これはあのとき、ラジオでオンエアされていた曲だと、このときになって気付かされました。ちなみに、EVERYDAY AT THE BUS STOPのDVD対策のために、モニター用のテレビとDVDプレーヤーを導入しました。映像もすごくかわいくて、設備投資をした甲斐がありました。

そして、the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)

2002年9月になって、なんとTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のフォトブックがアナウンスされました。この本は彼女がハワイに行ったときに撮影されたもので、簡単な紀行文とともに彼女の写真が大量に掲載されています。この本は2002年10月2日に発売され、もちろん私も本屋を数件回り、この本を手に入れました。久しぶりに彼女の姿を拝むことができて、ほっとしたのを今でも記憶しています。この本を手に入れて安心したせいか、the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)に対するトラウマはなくなっていて、物は試しと、直後の2002年10月9日にリリースされた14th single “I’M SO SORRY BABY”を購入してみました。これが明るくいい曲で、私はthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)は暗いブリットポップを歌っているという強い先入観を持っていたので、これをもって強く反省することになります。Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)あってのTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)であって、the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)を理解しなければ、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のすべてを理解しえないと確信しました。私はおそらくこのときにthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)のファンになったと考えられます。

その後、the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)のシングルとアルバムを手に入れることはさほど難しくはありませんでした。すべての曲を聴き終えたとき、私は自分の無知振りを痛感しました。全部で50曲くらいを聴いたのですが、私が知っていたのは‘There will be love there –愛のある場所–’、‘そのスピードで’、‘angel song –イヴの鐘–’の3曲だけです。あとは‘冷たい花’と‘Hello Another Way –それぞれの場所–’がなんとなく聞いたことがあるような気がするだけです。知っていた3曲は3曲ともすべてドラマのタイアップ曲で、しかもangel song –イヴの鐘–は学校のコンピューターに置き去りになっていたCD-RにMP3でエンコードされたその曲が入っていたので、聴いたことがあっただけでした。

私が知っていた曲はその3曲に留まったわけですが、どうして、私は当時、その素晴らしさに気付かなかったのだろうと不思議に思いました。

2002年12月4日には4th album “THE WINTER ALBUM”がリリースされることになっていたので、これは初回限定盤はないのですが、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のアルバムのときのような過ちを繰り返さないように、ちゃんとレコードショップで予約をしておきました。このアルバムのテーマは冬ですが、なにか温かみのある、ピュアな感じでした。

アルバムリリース前後、the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)はテレビやラジオに多数出演しました。私はラジオは録音したのですが、テレビはビデオに撮りませんでしたが、やはりこれは失敗でした。やはり記録は取っておくべきだと思いました。

サヨナラなんて言わせない

矢田亜希子の誕生日である2002年12月23日には思いがけないことが起こります。居間にいたら、私好みの歌が流れてきたので、テレビのほうを振り向くと、なんとTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の曲ではありませんか。知らない曲だったので、これは何かと思い、すぐに公式ページを見たら2002年12月21日付けで、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が復活していました。しかも2003年2月6日にはシングルをリリースするとのことでした。私は予想以上に早くTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が復活し、舞い上がって大騒ぎした記憶があります。これは私にとって、人生始まって以来最高のクリスマスプレゼントとなりました。

2003年の初夢はこれまたラッキーなことに、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が登場しました。新年早々縁起がいいです。今年はいい年になると思ったのも束の間、なぜかインフルエンザにかかったりしました。熱がかなり上がりましたが、一応、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)への情熱ということで。かなり熱かったですけど。

2003年1月末には1st album “Tommy february⁶”発売からほぼ1年たって、やっと初回限定盤を手に入れることができました。正直、ファンとしての思い入れは深いにもかかわらず、仕方がないとはいえ、初回限定盤を所有していないのには後ろめたさというか、引けを取っている感じがしていました。それにしても話としては聞いていましたが、通常盤とはあまりにも待遇が違います。ジャケットは指紋が付きやすいらしいので、今でも素手で触れたことはありません。

2003年2月6日には久々の4th single “je t’aime ★ je t’aime”がリリースされました。私は少し訳あって、これを1月末に手に入れて、それからずっと家でも車の中でもエンドレスで流していました。2003年2月5日にもレコードショップでちゃんと買いました。これはかなり早い時期から予約を入れていたので、予約したときは店員さんが少し困っていました。発売日前後はTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)はテレビやラジオにも多数出演しました。今回は設備投資も力を入れました。ステレオミニコンポを既に所有していましたが、念のためもう一台導入し、アナログ盤対策でレコードプレーヤー、テレビ番組もとりたいのでS-VHSのビデオデッキも導入しました。そしてラジオも無事録音し、テレビもビデオに録画しました。やはり、ビジュアルを重視しているTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は映像として見られないと意味がありません。前章のTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)がスクールガールっぽかったのに対し、今回の復活でTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)は少し大人っぽくなったような気がします。

2003年2月17日にはNHKの “ポップジャム (‘je t’aime ★ je t’aime’)” の収録に行きました。私はまだメディアを通してしかTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を見たことがなかったので、ぜひ生で拝みたいというのが目的でした。やはり生は違います。とてもかわいかった♥です。まだ、直にTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を見たことがない人はぜひいろいろな機会に体験してください。絶対、後悔しないと思います。

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Fig.1.
“ポップジャム”

さらに熱狂的に

2003年3月の中旬くらいから、2003年5月26日に都内で行われる “SPACE SHOWER TV × Tommy february⁶ SPECIAL NIGHT” の観覧募集が行われました。私も3Mのコマンドフックタブ、ファンクラブ、SPACE SHOWER TVの3つの枠に応募しました。とくに、コマンドフックタブの枠は相当力を入れたので、当選を確信していました。少し人に言えないくらいコマンドタブを購入してしまったのですが、その甲斐あって、ちゃんと当選しました。 “SPACE SHOWER TV × Tommy february⁶ SPECIAL NIGHT” は私にとって初めてのTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のライブ体験でした。とにかく素晴らしい体験ができてよかったです。ただ、我が家に大量にコマンドタブがあるのですけど、これどうしましょう…

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Fig.2.
新宿LIQUID­ROOM
当時は新宿歌舞伎町に存在したが、2004年に恵比寿に移転した。ここでTommy heavenly⁶ (トミー・ヘヴンリー)がお披露目された。
Photographed by Tommy library⁶ さん

このライブの模様は2003年7月6日にSPACE SHOWER TVで放映されました。少しMCがカットされていましたが、会場の臨場感などはちゃんと伝わってきました。私はこの放映の直前にCSチューナーを導入しました。4th single “je t’aime ★ je t’aime”のころにもTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)司会の特別番組をやっていたようですし、まだ、発売されていない‘Forever to me ~終わりなき悲しみ~’から‘I’M SO SORRY BABY’までのミュージックビデオや新曲のミュージックビデオ見たさに負けて導入したのですが、結果的に良かったと思っています。ちなみに、以前からの設備投資も続けていて、アンプやハードディスクレコーダーなども完備し、the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)を比較的良い環境で聴くことができます。

2003年7月7日にはNHKの “ポップジャム (‘Love is forever’)” の収録に行きました。今回は開場3時間前から並んだかいもあり、1階中央左よりの前から4番目をゲットできました。Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)が私のほうに手を振ってくれたのが、とてもうれしかったです。近くにTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のファンらしい人はいなかったので、あれは私に手を振ってくれたのに間違いありません。それから、歌の途中で恋愛小説を投げるパフォーマンスはEVERYDAY AT THE BUS STOPさながらですが、小説が放物線を描いてバサッと落ちるのはとても格好よかったです。

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Fig.3.
NHKホール(東京・渋谷)
Photographed by Rs1421 さん

2003年7月16日には待望のTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)の5th single “Love is forever”とTommy heavenly⁶ (トミー・ヘヴンリー)の1st single “Wait till I can dream”がリリースされました。同日にはHMV渋谷店にて行われたJ-WAVEの “GROOVE LINE” の公開生放送を見に行きました。観覧整理券を手に入れるために朝からHMVの店頭に並んだのですが、並んでいたのは私だけでした。

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Fig.4.
渋谷

収録で私がいた場所は前から2列目の中央付近になりました。距離にして川瀬智子から2~3mくらいだと思います。やっぱし間近で川瀬智子のトークが聴けるのは公開収録の醍醐味です。それにオンエアされていないときも、いろいろとお話も聞けました。

2003年7月20日には舞浜イクスピアリにて行われたJ-WAVEの “TOKIO HOT 100” の公開生放送を見に行きました。これも整理券を手に入れるために朝から並びました。既に列ができていたのですが、ほとんどがTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)と同じくゲストであるEXILEのファンだったようです。おかげで、観覧も一応最前列をゲットできました。ガラス越しすぐに川瀬智子の席があります。距離にして2メートルぐらいだと思います。最前列はコアなファンが揃っていて、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)Tommy heavenly⁶ (トミー・ヘヴンリー)を思わせる衣装の方が何人かいらっしゃりました。川瀬智子や司会者も驚いていて、ガラス越しに写真を撮っていました。ガラス越しとは言え、こんなに間近で見たのは初めてでしたので、とても興奮しました。川瀬智子を生でみるたびに思うのですが、相変わらず色白で、細いです。本当に素敵な女性だと思います。

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Fig.5.
舞浜イクスピアリは東京ディズニーランドの目前にある

私、家を出る前に整理券がらみで朝からごたごたしていたので、うっかり録音予約するの忘れてしまったのです。まぁリアルタイムで聴けたのですが、記録がないのは後々痛いですし、何よりそのような初歩的なミスを犯してしまった自分が情けないです。

2004年2月14日には恒例となっているNHKの “ポップジャム (‘MaGic in youR Eyes’)” の収録に行きました。今回は整理券の配布が早いことと、収録が幕張で少し遠いこともあって、正直疲れました。ただ、出演者の出入り口で川瀬智子が見られたのがやっぱり良かったです。恥ずかしながらも、川瀬智子の出番のときには思わず、一緒に踊ってしまいました。

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Fig.6.
幕張メッセ

まとめ

私自身、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)のファンであることは周りの友人には明らかにしていないのですが、私の周りにはthe brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)Tommy heavenly⁶ (トミー・ヘヴンリー)のファンがまったくいません。人それぞれ好みがあるのは理解できるので、強要はしませんが、Tommy february⁶ (トミー・フェブラリー)the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)の良さがわからないなんて、人生を無駄にしていてかわいそうと、私は本当にそう信じているのです。(多様性の時代にそぐわない意見ですいません。)

私はこのような経緯があって、他のTommy february⁶ (トミー・フェブラリー)the brilliant green (ザ・ブリリアントグリーン)のファンサイトより、詳しいレビューを載せています。もちろんこれは彼女やバンドのメンバーのすべてをワイドショー的にさらすことが目的なのではなく、彼女たちが今までどういうことを経験してきたのか。また、それが作品という形でどのように表現されているかを多くの人々に感じ取っていただきたいのです。

最後に。私のファン歴をこうして文章にしてみると、なんかかなりやばいくらいに熱意があったことに気付かされました😅